探県記 Vol.105

そろばんと工芸の館

(2017年4月)

SOROBAN TO KOGEI NO YAKATA

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  • 石原美和 隊員

  • 木内吾平キャプテン

技術が廃れ行く現状を打破するために
製造5社が一致団結「そろばんと工芸の館」

 
島根県の伝統的工芸品「雲州そろばん」。その起こりは江戸時代後期まで遡り、最盛期(1967~72年)には、100万丁超のそろばんを生産していたといいます。
 
「電子計算機が普及し、学校でも教えなくなって需要は少なくなりました。最盛期の30分の1くらいになっています」と話してくださるのは、2代目・雲文こと内田文雄さん。出来上がりまで〝187〟あるといわれる工程をひとりで行い、その卓越した技術によって厚生労働大臣に表彰される〝現代の名工〟です。

 
かつて、そろばん製造は、ひとつひとつの工程が分業制だったのだそう。そのため、高齢化が進むと技術は徐々に廃れていきました。そんな現状に危機感を覚えた業界が、将来の生産不安を解消するために平成10年4月オープンさせたのが「そろばんと工芸の館」です。地元のそろばん製造5社が合併して生産体制を一本化、製造工場と展示場を兼ねるかたちで運営されています。

 
館内の奥に進み、ガラス窓越しに見えるのが、そろばん製造工場です。そろばんの珠を貫く細い縦棒〝ケタ〟などの材料から、小さなそろばん珠まで、全工程のほとんどが伝統の技による手作業で、塗装と磨きを繰り返し、美しい雲州そろばんが出来上がっています。

 
石原隊員と木内キャプテンが挑戦したのは、ケタに玉を入れる作業。
「見てる分には出来そうだったのに…なかなか入り揃わない…」と、なかなか苦戦を強いられていました。

 

たたら製鉄に群がる商売人の必需品として
江戸時代後期に始まったという雲州そろばん

 
雲州そろばんを語るとき、忘れてならないのが、奥出雲で発展した日本の製鉄「たたら」です。
たたら製鉄で栄えていたこの地には、必然的に大勢の商売人が集まりました。そろばんを弾きながら値段交渉をしている姿が容易に思い浮かびます。すると、そろばんが壊れることもあったでしょう。そんなとき、修理をしていたのが地元の大工さんたちでした。
 
こうして江戸時代後期、地元の村上吉五郎という大工によって、芸州(広島)のそろばんを手本につくられたのが、雲州そろばんのはじまりと伝わっています。

 
雪深い冬には出稼ぎに出ることも多かったという奥出雲。そろばん製造・修理の技術を身につけることは、出稼ぎで家を空ける心配もなくなるということ。そんな背景もあって、そろばん製造の技術が高度に磨かれていったというわけです。

 
そして、なにより、たたら製鉄のおかげで、そろばん製造に欠かせない上質な刃物がすぐ手に入ったことは大きな要因だったでしょう。そろばんには、黒檀やカバなど硬い木材が使われていますから。
 
奥出雲で磨かれた匠の技を目の当たりにし、そして触れられる、そろばんと工芸の館。
館内の広いショールームには、そろばんの他に、食器棚やダイニングセットなどの大型工芸家具から手のひらサイズの伝統工芸品まで豊富に展示されています。

 
【アクセスについて】
●そろばんと工芸の館へのアクセス/JR木次線「出雲横田駅」より徒歩10分
●島根県仁多郡奥出雲町下横田76-5
【WEBサイト】そろばんと工芸の館
 
 

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