探県記 Vol.18

石見焼

(2015年3月)

IWAMIYAKI

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  • 内山興
    初代キャプテン

かつての暮らしの必需品
はんどうと呼ばれた水がめがあった。

良質な粘土が豊富に採れる島根県西部、石見地方は、古くから“はんどう”という名前の大きな水がめの産地として知られていました。石州瓦と同様に、北前船に積まれて全国への家庭へ運ばれていたのです。
 
高温の焼成で造られる石見焼は、頑丈で耐酸・耐塩・耐水性にすぐれた製品として全国に普及していたのだそう。まだ水道も通っていない時代、はんどうの用途は、家々の貯水がめとしてはもちろん、紺屋の染料がめや、漬物の貯蔵用の容器などとして、たいへん人気がありました。
その最盛期には、石見地方に1000軒を超える窯があったといいます。
 
けれど、やがて時代は、水がめを必要としなくなり、石見焼の窯もずいぶんと減少。現在は、7社を残すばかりになっています。

唯一残る昔ながらの登り窯から
新しい器が生まれる日を待ちわびて。

石州嶋田窯は、昭和10年創業の窯で、唯一、今も登り窯を大切に使っています。
「かつての窯は、火袋が13袋ありましたが、4年前に改築、今は4袋となっています」と話すのは、3代目となる嶋田孝之さん。国指定の全国伝統工芸士です。
 

 

いくら縮小したとはいえ、手間と時間がかかるのは往時と同様、釉薬をかけ、窯積みを行って、2昼夜、休むことなく薪を燃やし続けたあと、1週間かけて冷ます、その工程には、なんの手抜きもありません。
「昔ながらの製法を守るのは難しいことでしょうね」と、貴重な登り窯に内山キャプテンも興味津々です。
 

 

 

古民家調に建てられた石州嶋田窯のショップには、壺や傘立てなどの大物から、コーヒーカップや小皿といった小ぶりなテーブルウェアまでが所狭しと並び、選ぶのが楽しくなるほどバラエティー豊か。4代目となる息子の健太郎さんが生み出す若い感性の器は、若いお客様に人気です。
小ぶりの蓋物は、食卓に置いてもぽってりと愛らしく、梅干しやラッキョウ入れにピッタリ。
 

 

毎年、5月のゴールデンウィーク時期には窯開きの“登り窯展”を、年末には“感謝祭”を開催。石見焼好き、石州嶋田窯好きの大勢のお客様が、その日を待ちかねています。
 
【アクセスについて】
●嶋田窯へのアクセス/JR山陰本線浅利駅より車で約5分
●島根県江津市後地町1315
 

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