探県記 Vol.54

十六島(うっぷるい)のり

(2016年1月)

UPPURUI NORI

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  • 内山興
    初代キャプテン

 

防寒カッパにスパイク付き長靴にライフジャケット
十六島のりの田んぼへ、さあ出発!

 
「転んでケガをしないこと。隣のシマには絶対に入らないこと。この2つに注意してください」。ワタエーの社長、渡辺浩次さんのそんな言葉で始まった、今回は、“十六島(うっぷるい)のり”の摘み採り体験に挑戦です。ちなみに、生産者さんごとに十六島のりのシマ“田んぼ”が決まっていて、それぞれ固定資産税を納めていらっしゃるとのことです。
 
波をかぶって濡れてもいいようにカッパを着用。足元が悪いので滑り止めのスパイクが付いた長靴を履き、万が一、海に落ちては大変なのでライフジャケットも忘れてはいけません。
 

準備が万全整ったら、さあ、出発! 獣道のような険しい道を、下りたり上ったり下りたり……。徐々に視界が開けて、やっと日本海とご対面。荒波に洗われた岩場を黒くして、びっちりと十六島のりが育っています。
 

ひょいっと岩場に下りて、慣れた手つきで十六島のりを摘み採るのは、渡辺社長の奥様、喜美枝さん。「せっかく来たんだから、摘んでみなさい」と言われて、キャプテンも挑戦。なかなかの手つきです。
 

「もしも摘み採らずに放っておいたらどうなるんですか?」と疑問の湧いたキャプテン。
「波が全部さらっていきますよ。放っておくと根が弱ってしまいますからね」と教えてくださったのは、漁師の山根和宏さんです。
 
十六島のりのシーズンは、12月から2月までの3ヶ月程度。1日に6時間も岩場での作業をこなすこともあるのだそう。自然が相手の仕事だけに、ここでも後継者不足が問題になっています。
 

糸よりも細く、紫色を帯びた漆黒色で
食べればシャキシャキで、豊かな磯の香り
十六島のりは、朝廷も将軍も食べていた

 

海から加工場に戻ると、あったかい郷土料理が待っていました。その料理の名前は、なんと“海苔筆(のりふで)”。食べ物なのに筆…。細い細い十六島のりを箸で持ち上げる様子がまさに筆にそっくり、というところからの命名。十六島のり、ベベ貝、ごぼう、にんじん、さといも、こんにゃくなど具だくさんの汁物。お酒とお醤油のシンプルな味付けですが、べべ貝の出汁に、十六島のりの風味と食感が快い、実にあったまるひと椀です。
 
「あ~おいしい! 香りがいいですね」と相当気に入った様子のキャプテン。ここだけの話、3杯目のおかわりを確認しました。
 
お正月や婚礼など、おめでたい席で振る舞われてきた海苔筆ですが、今では作られる機会も人も減ってきているのだそう。残念です。
 
古くは、奈良時代の『出雲国風土記』に記され、朝廷への貢納品だった十六島のり。江戸時代には将軍への献上品となり、全国にその名が知られていたといいます。
 
では、なぜ“十六島”を“うっぷるい”と読むのか──神代の時代、少彦名命(すくなひこなのみこと)が海苔を採って打ち振るったことから、“打ち振る”が“うっぷるい”に変化したとか。朝鮮語で“巨大な岩”を意味する“ウルピロイ”からきているとか。
語源は諸説あり、はっきりとはしませんが、そんなことより、糸よりも細くて、ツヤのある紫色を帯びた漆黒色で、食べればシャキシャキとして、豊かな磯の香りが広がる十六島のりが、これからもずっと食べられ続ける様々な環境が、なにより大切に思えてくるのでした。

 

 

【アクセスについて】
●有限会社ワタエー 水産加工場
●島根県出雲市十六島町1851-28

【facebookページ】有限会社ワタエー
 
 

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