探県記 Vol.64

鳥取民藝美術館

(2016年3月)

TOTTORI-MINGEIBIJUTSUKAN

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  • 木谷清人 隊員

  • 内山興
    初代キャプテン

古めかしいというより最先端かも
国の有形文化財にも登録される鳥取民藝美術館

 
JR鳥取駅から徒歩約5分、若桜街道沿いの一角に、なんとも魅力的なエリアがあります。
通称を「鳥取の民芸コーナー」。八角形の童子地蔵堂を持つ鳥取民藝美術館、たくみ工芸店、たくみ割烹店と、土蔵造りの建物が並ぶ場所。古めかしいと表現するのは違うような、どこか最先端な雰囲気のするスポットです。
 

鳥取民藝美術館は、昭和32(1957)年に建築、同36年に増築された、意外にも1階が鉄筋コンクリート造、2階が鉄骨造の建物。昭和18年の鳥取大震災や同27年の鳥取大火を教訓にして、民藝の名プロデューサー吉田璋也が設計しました。モルタル塗りに漆喰仕上げの土蔵造り風の外観から、手摺りやスイッチカバーなど内観の細部まで、民藝の精神が施されていて心憎い美しさ。国の有形文化財に登録されています。

 

 

案内人は、いつもお世話になっています、当館の常務理事でもある木谷清人隊員。
さっそく、内山キャプテンからこんな質問が飛び出しました。
 
「そもそも民藝運動とは?」

 

吉田璋也が今の時代に生きていたら
山陰いいもの探県隊員に間違いなくスカウト

 

「高価な工芸品を上手物(じょうてもの)、それに対して、並で日常使いの下手物(げてもの)があったんですね。柳宗悦は“民衆が使う道具こそが美しいじゃないか。下手物にこそ健全な工芸の美がある”と説きました。そして、下手物に代わる言葉として、民衆的工藝=民藝という言葉が生まれた。柳と河井寬次郎と濱田庄司の3人が、京都で話し合っているときに出来た造語なんですね」
 
鳥取民藝美術館は、柳が提唱する民藝運動に傾倒した、鳥取の医師・吉田璋也がプロデュースした新作民藝や、コレクションした日本・朝鮮・中国・西欧の古い時代の民芸品を1階・2階に展示する美術館。
 

 

吉田璋也によって新作民藝運動のパイオニアとなった染分皿や、ヨーロッパの燭台をヒントにした伸縮電気スタンド、和室で使用することを考えて畳擦りをデザインしたチェア、そば猪口に持ち手を付けて生まれた珈琲カップなど、シンプルゆえに職人の高度な技が光る美しい品々に、ついつい見入ってしまいます。
 
「吉田先生が今の時代に生きていらしたら、ぜひとも探県隊員になっていただきたかったですね」と内山キャプテン。それは到底かなわないことでも、想像するだけで、なんだか楽しい気分にさせられます。

 

 

【アクセスについて】
●鳥取民藝美術館へのアクセス/ JR鳥取駅から徒歩約5分
●鳥取県鳥取市栄町651

【WEBサイト】とっとり旅の生情報
 
 

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