探県記 Vol.70

出西窯

(2016年4月)

SHUSSAIGAMA

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  • クレッツ・ファビアン 隊員

  • 内山興
    初代キャプテン

田園風景の中に建つ明治初期の米蔵は
器好きにはたまらない出西窯の展示販売館

 

縁結びの神様として知られる出雲大社から東へ約12㎞、八岐大蛇の神話が伝わる斐伊川のほど近くに、訪れる人が途切れない民藝の窯『出西窯(しゅっさいがま)』があります。
 
出西窯は、昭和22年(1947)、5人の若者によって開かれた窯。民藝運動のリーダー柳宗悦の思想に傾倒し、河井寬次郞に教えを請うて育った民窯です。
 
敷地内でまず目を引くのは、明治初期の米蔵を譲り受けて移築・増改築をした展示販売館「くらしの陶・無自性館」。この無自性とは「何もかもおかげさまで自分の手柄などどこにもあろうはずがない」という意味の仏教思想のひとつなのだそう。哲学者・山本空外師より教えられたこの言葉が「出西窯に一番似合う」ということで命名されています。
 
2階建ての館内には、定番のスタンダードウェアから、柳宗理ディレクション出西窯シリーズまで、目移りしてしまう素敵な食器たちが並んでいます。

 
出西ブルーとも称される瑠璃色が美しい呉須釉鉢は、中でも人気の高いシリーズ。
「この綺麗なブルーを出すためには、どんなところが難しいですか?」とファビアン隊員。

 
「木の灰や粘土を混ぜて呉須という釉薬を作りますが、濃度を正確にチェックしていれば大丈夫です」と教えてくださったのは、出西窯の陶工であり代表の多々納真さん。
 
「出雲の土は鉄分を多く含んでいて、決して良質な土ではありません。鉄分があるから作り難いけれど、鉄分があるからいい色が出るんです」とも教えていただきました。

 

全国的にも稀少になった6連房の登り窯は圧巻
人間の力を超えた世界を見せてくれる


 

 
展示販売館に隣接するのが、陶器の成形・釉掛けなどを行う工房です。工房内は、陶工ひとりひとりが1台ずつ、専用のロクロを持って各々の作業に打ち込む神聖な空間。ピンと張り詰めた気配を感じて、自然と背筋が伸びていました。
 

そして、工房の東側に構えるのが6連房の登り窯。もちろん今でも現役で、年に4回、窯焚きが行われています。
「出西窯には、登り窯のほかに、灯油窯と電気窯がありますが、我々陶工が一番わくわくして楽しいのは、やはり登り窯の窯出し。人間の力を超えた世界がありますから」と多々納さん。
 
「登り窯は全国的にも珍しくなっていますが、補修などはどうするんですか?」と気になった内山キャプテン。
 
「実は、窯職人はもうほとんどいないんです。山陰はもちろん中国地方を見渡してもいなくて、北関東にいらっしゃるのはわかっています。うちの窯は昭和39年(1964)に出来ていますから、すでに50年以上の窯。将来,どうやって補修するか正直悩むところ。これは日本の手仕事の現場が直面している課題ですね」そうおっしゃった多々納さんの言葉は重く、どこか不安にもなりましたが、50年先も、100年先も、実用的なこの器が毎日の食卓に使われている、そんな幸福な光景は容易く想像できるのです。

 
 
【アクセスについて】
●出西窯へのアクセス/JR出雲市駅より車で約15分
●島根県出雲市斐川町出西3368

【WEBサイト】出西窯
 
 

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