探県記 Vol.80

倉吉線廃線跡トレッキング

(2016年7月)

KURAYOSHIHAISEN ATO TREKKING

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  • 木内吾平キャプテン

  • 内山興
    初代キャプテン

 

線路伝いに枕木を歩く廃線跡トレッキング
非日常的なシチュエーションが
冒険心をくすぐる

 

明治45年(1912)、倉吉軽便線として、現在の倉吉駅と市街地を結ぶために開業したのが、旧国鉄倉吉線です。その後、関金温泉のある関金駅、さらに、山守駅まで開業。最終的には、岡山県の中国勝山駅まで伸びる計画でしたが、先に道路の整備が進んだために、昭和60年(1985)、全線が廃止となりました。
 
以降20年間、その存在はすっかり忘れられていましたが、今から13年程前、9つの駅舎を有する全長20kmの「旧国鉄倉吉線廃線跡トレッキングコース」として活用が始まりました。
 
今回、山陰いいもの探県隊一行がスタートした場所は、〝一番のクライマックス〟となる泰久寺駅から山守トンネルを抜けて、線路がいったん途切れる地点まで。それ程長くはない距離ですが、鬱蒼とした自然に守られたその道程は、朽ちたレールに駅名標などが残されていて、哀愁たっぷりのトレッキングとなりました。

 

まず最初に手渡されたのは、ヘルメットと懐中電灯!?
泰久寺駅のプラットホームから線路に下りて、さあ出発です。
 
「普通のトレッキングとは、ずいぶん雰囲気が違いますね」と内山キャプテン。
それもそのはず、トレッキング道は線路の真ん中!日常では考えられないシチュエーションに、いやが上にも冒険心がくすぐられるのです。
 

「リード線に絶縁板も残っています。〝間もなく駅〟という場所なんですね」説明してくださるのは、ガイドの福井千尋さんです。
 

レール伝いに枕木を踏んで進むと、やがて辺りは、見上げるほど高く育った竹林。自然のままどんどん伸びた竹が葉を茂らせて、天然のトンネルを形作っています。

 

 

これが本当の真っ暗闇
トンネルの中まで歩く廃線跡トレッキング

 

いよいよ眼前に、山守トンネルが出現しました。トンネルの出入り口は、普段は鉄の扉にふさがれていますが、トレッキングのために鍵を開けて入ります。
 

ひんやりとした空気。自分の手元さえ見えないほど真っ暗。最初に手渡された懐中電灯が、ここで活躍します。
「廃線になってからは、このトンネルでシイタケ栽培をしていた人もいたようですよ」と福井さん。
 

トンネルを抜けると、ここで一旦、レールが途切れて、トレッキングの折り返し地点。
見晴らしのいいこの場所では、晴れた日には岡山県の蒜山三座が見えるのだそうです。
 

廃線跡沿線は、自然も豊か。山守トンネルの入り口辺りは、ウバユリの群生地となっていて、線路の両側に白い花がずらーっと咲く光景は圧巻で、植物を楽しむために訪れるリピーターも多いのだそうです。
 
ほとんど人間の手は入れず、自然のままに朽ちている廃線。「10年後には、また違う景色になっているかもしれませんね」と内山キャプテン。
 
旧国鉄倉吉線廃線跡トレッキングは、2.9kmコースと、4.6kmコースの、2つのコース。
自然を楽しみながら、歴史に思いを馳せながら歩く、新しいトレッキングの姿がありました。
 
【アクセスについて】
●鳥取県倉吉市関金町内

【WEBサイト】倉吉観光マイス協会
 

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