Vol.95

湖山池・阿弥陀堂

(2016年12月)

KOYAMAIKE AMIDADO

234

  • 木谷清人 隊員

  • 徳持耕一郎 隊員

  • 木内吾平キャプテン

島々が浮かぶ湖山池の美しい風光を
阿弥陀三尊仏に見立てて愛でる特等席

 

湖山池遊覧船に乗り、水上から眺めたあの建物に行ってみたい!と訪れたのは、湖山池の北西岸、津生島(つぶしま)を真っ正面に見る小高い二ツ山の上に建つ「阿弥陀堂(あみだどう)」。昭和39年(1964)、鳥取における新作民藝活動の指導者・吉田璋也(1898-1972)によって建てられた、茶室を備える八角堂です。

 


 

草木が生えて鬱蒼とした山道を15mほど登ると、いい感じに寂びた風情ある姿が見えてきます。
「なんだかツリーハウスみたいですね」と木内キャプテン。すでに好奇心をくすぐられている様子。
「この手前の建物はなんですか?」と徳持耕一郎隊員も興味津々です。
「厠(かわや)、つまりトイレですね。扉を開けて見てみてください。昭和39年当初から、ちゃんと水洗なんですよ」と木谷清人隊員の解説。なるほど、古びた簡素な外観ながら、当時の先端機能が搭載されています。

 
では、いよいよ阿弥陀堂の内部へ入ります。でも、なぜ、阿弥陀堂と命名されたのでしょう。
本来、阿弥陀堂とは阿弥陀如来様を安置したお堂のことですが──
「璋也は、この高台から見る津生島を阿弥陀如来、その左右に位置する、青島を勢至菩薩(せいしぼさつ)に、団子島を観音菩薩になぞらえ、阿弥陀三尊仏を拝むようにこの八角堂を建てました。建物の外に阿弥陀様がいらっしゃるという、その発想が面白いですよね」と木谷隊員。阿弥陀三尊仏を拝むお堂だから、阿弥陀堂というわけです。
 

侘びとか寂びとか日本人の美意識を凝縮した
粋人の隠れ家のような心憎い空間

 

阿弥陀堂で最も広い部屋が、板の間の居間。大きく開かれた窓から阿弥陀三尊仏に見立てられた島々をはじめ、美しい湖山池を一望します。
「バーナード・リーチは湖山池を描いていますよね。もしかしたら、この場所で描いたのですか?」と徳持隊員。確かに、昭和39年の竣工の年、璋也や民藝運動家の浜田庄司らと共に阿弥陀堂に訪れ、スケッチを残していました。

 
江戸時代、文人墨客が湖山池の風光を讃えて建てたと伝わる伝説の庵(いおり)「忘機亭(ぼうきてい)」のあった場所を、璋也自らが探しまわり、この場所こそと建てた阿弥陀堂。かの文豪・志賀直哉も著書「プラトニック・ラブ」の中で、北側から南方を見る湖山池が最も美しいと記しているのだそうです。
 
居間をはさむようにしてあるのが、中板のある3畳の茶室と、網代天井の茶室。水屋もきちんと設えてあります。
「障子の桟(さん)やコンセントカバーなど、すみずみまで凝られていますね」と木内キャプテン。
「どれも璋也のデザインです。こうしたこだわりが好きなんでしょうね」と木谷隊員。

 
鳥取の名所になりうる阿弥陀堂ですが、現在は老朽化もあって予約のみの見学が可能です。
平成29年からは大改修に着手する予定とか。このままの風情を残しながら再生される阿弥陀堂に、今から期待が高まります。

 

【アクセスについて】
●湖山池 阿弥陀堂へのアクセス/JR末恒駅より車で10分
●鳥取県鳥取市三津29
●問合せ先/鳥取民藝美術館