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隊員の部屋

鳥取県の西の玄関口、米子市のランドマークとなる標高90mの湊山は、かつて、大小2つの天守が連なっていた国史跡、米子城跡。現在は、石垣を残すだけだが、国内で5例しかない登り石垣の遺構が確認されたばかりの、今話題のスポットだ。
初冬のよく晴れた日、整備された山頂からは、360度の視界が広がる。遠くに大山の雄姿がくっきりと見晴らせ、眼下には賑やかな米子市街、おだやかな日本海や中海も見渡せる。
息を切らして登った山頂の、気持ちよく澄んだ空気に乗せて「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のテーマ曲『瑞風~MIZUKAZE』を奏でるのはヴィオラ奏者、生原幸太隊員。トレードマークの蝶ネクタイを締め、飄々として、放浪楽師のような自由さをまとうひとだ。

生原隊員は、ご両親が音楽教師という環境で、8歳まで兵庫県たつの市で過ごした。
初めて楽器を習ったのは、5歳のとき。バイオリン教室に通い、厳しい女の先生から、技術はもちろん、レッスンを受けるときの服装からステージマナーまで、徹底的に叩き込まれた。子どもながらに「ちゃんとしないと!」と思うほど。それでもレッスンを続けられたのは、良きライバルとなる同世代の男の子がいたからだった。
小学3年生のとき、父親の郷里である鳥取県東伯郡北栄町に引越しすると、周りにバイオリンをやっている子がいない。刺激が無くなると、一気にレッスンがつまらなくなっていった。

中学校では陸上に熱中するようになり、走り幅跳び・砲丸投げ・400mで競う3種競技に没頭。3年生で全国大会に出場して、全国3位に輝いた。
高校生になっても、しばらく陸上を続けていたが、思うような記録が出せず行き詰まる。「走ることに自身の存在価値を見出していたから、思春期特有の悩みの時期に入りましたね」と振り返る。
そんなどん底を感じていた生原少年を救ったのは、他でもない、クラシック音楽だった。

友人たちがロックやポップスなどを聴いていたとき、ベートーベンの『第九』や、ドヴォルザークの『新世界より』に感動。楽器で表現することがおもしろくなっていった生原少年。
けれど高校卒業後は、ただ「スポーツが好きだから」という理由で、早稲田大学人間科学部スポーツ学科に進む。親元を離れて東京でひとり暮らしをはじめた不安と、将来設計をきっちり立てている周りの学生たちを見て味わった一種の劣等感で、またも押し潰されそうになっていった。

「20歳、21歳のときが、一番沈んでいた時期。闇の世界でした」と表現する当時の精神状態では、就職活動をするイメージすら浮かばなかったという。
けれど、ここからが、生原隊員の凄いところだ。
「やり直しができるんだったら、そこに賭けてみたい!」と一念発起する。4年生に上がるタイミングで早稲田大学を中退。がむしゃらに励んだ勉強が実り、見事、愛知県立芸術大学音楽部に合格したのだ。5歳から鍛え込まれた絶対音感も役に立った。

大学で選んだのはヴィオラ専攻。実は、東京に出た頃からヴィオラを習いはじめていたという生原隊員。「音色に惹かれたというのもありますが、一番は生き残りたいから。やっている人が少ないので(笑)」と笑いを誘うが、バイオリンよりひと回り大きなヴィオラは、音を出すのがさらに難しいという。

そして、豊富な実績と楽しいキャラクターに白羽の矢が立ち、’17年6月に運行を開始した「瑞風」の車内演奏統括に就任。定期的な車内演奏という活動を軸に、リサイタルに加えて保育園での演奏など、山陰に留まらない忙しい日々を送っている。

大学卒業後、再び東京に行った生原隊員。ヴィオラを最初に師事した先生の誘いで、東京フィルハーモニー交響楽団にエキストラとして参加する。クラシックの演奏会から、オペラやバレエの公演、歌手やゲーム音楽のコンサートなど、様々なステージを経験し、音楽の幅を広げていった。
「お金にはあまりなりませんでしたが、財産になりましたね」という充実した6年半の東京生活から、2011年2月、結婚を機に鳥取に居を移して、山陰での音楽活動を本格化する。’13年7月「三朝バイオリン美術館」の音楽監督に就任するが、3年間勤め上げて退任。「性分として、やっぱり一匹狼がいいな」それが理由だ。

「土台にはクラシック音楽があり、ヴィオラ演奏があるのだけれど、僕は音楽で色んなことをやって、より楽しい人生を送っていきたい。たとえば、過去のリサイタルでは、イタリア歌曲も歌いました。1度で楽器も弾いて、歌も歌ったら、お客さんはちょっとお得じゃないですか。誰もやらないことに興味があり、興味のあることは全部やっていきたい」
生原隊員の奏でる音楽は、楽しいし、カッコイイし、おもしろいし、新しい。なぜかそんなふうに感じさせてくれるから、不思議だ。

鳥取県北栄町出身
「歌」をベースにした味わい深い音色と、アンサンブルにおける抜群の安定感が
各方面から高い評価を得ている、注目のヴィオラ奏者である。
2017年1月に3作目のCDをリリース。