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STORY
小さな漁村発、若き漁師たちの挑戦!彼らの創る新しい世界は、出会う人々の心を躍らせる。
半島産品アワードで賞を受賞! 第2回半島産品アワードにおいて、光文社「半島は日本の台所賞」を受賞しました。酒の肴、ご飯のおかずだけでなく、塩の代わりに、調味料としてもお使いいただけます。
商品詳細半島産品アワードで「半島は日本の台所賞」を受賞したさばの塩辛を使った【-SABA- Siokara Oil 中華】。 料理の味付けにはもちろん。 日々の食卓の“ちょい足し”に使うことで、味変をお楽しみください。
商品詳細半島産品アワードで「半島は日本の台所賞」を受賞したさばの塩辛を使った【-SABA- Siokara Oil イタリアン】 料理の味付けにはもちろん。 日々の食卓の“ちょい足し”に使うことで、味変をお楽しみください。
商品詳細島根県松江市[株式会社 Mitsu Fisherman’s Factory]
島根県の北東部に位置し、日本海に臨む島根半島は、神話「国引き」に登場する出雲神話ゆかりの地。東端の地蔵崎から西方の日御碕までの全長約65km、小さな入江や岬などが入り組む変化に富んだ海岸線に、30を超える漁港を有する豊かな漁場としても知られています。
そんな島根半島の中ほどに、定置網漁を主体として営まれている御津漁港があります。海岸に沿って拓かれた狭小な土地に、民家が密集する人口500人未満の小さな漁村です。
目前に広がる澄んだ御津の海を見つめるように、「M.F.F.」の文字を掲げた建物を確認。ここが、新しい漁師像を体現してくれている(株) Mitsu Fisherman’s Factory 、通称 M.F.F.の事務所&加工場です。元保育士という異色の経歴をもつ漁師•小笹伸一朗さんのもとに、小笹さんを慕う若者たちが集まって、豊かな御津の海から全国へ、おいしい魚介やその加工品が届けられています。
「獲る」だけでなく「獲って創り出す」御津漁港に揚がった鮮魚を残らずいただきます!
10年程前の御津漁港は、高齢化による人手不足などで衰退の一途をたどる状況、しかし今、その小さな漁村には、若い漁師たちの逞しい姿がありました。
M.F.F.の事務所&加工場は、御津漁港から約110mという近距離に建てられています。その理由は、加工するまでの輸送距離を最小限にするため。「鮮度がよければ魚はうまい!」のです。
M.F.F.は全員漁師の会社ですが、魚を獲って市場に卸すだけではありません。「獲って創り出す」までを実践する若き漁師たちの会社なのです。
「陸に上がってからの時間をどうするか」そこに新しい漁師像の可能性を見出しました。御津の未来のために、御津のおいしい魚をもっとたくさんの人へ届けるために。
こうして、M.F.F.の加工場では、御津で獲れる魚介を最高の状態でお届けするため、加工や販売方法にもこだわり、あらゆる活動にチャレンジしています。
その中のひとつに、御津沖で獲れたマサバで手作りする「さばの塩辛」があります。
イカではなく、サバであることが珍しい塩辛ですが、昔から御津の漁師さんの家々で手作りされていたそのおいしさが評判を呼び、遠くは県外の方から買いに来る人が後を絶たなかったほどだといいます。
M.F.F.は、このさばの塩辛に着目。御津沖で獲れたマサバと、島根県浜田市のライフセーバーさんたちが作る「浜守の塩」だけを使って、さば塩辛「御津」の商品化に成功。マサバを細かく切ってから、内臓(はらわた)と塩を混ぜ込んで、状態を確認しながら発酵させること約3ヶ月。手間と時間を費やして手作りする自慢の塩辛は、食べやすいようにと、骨も一本一本取り除かれています。
M.F.F.のさば塩辛「御津」は、2023年、国土交通省主催の「第2回半島産品アワード」において、光文社「半島は日本の台所賞」を受賞。M.F.F.の存在が全国に知られるきっかけにもなりました。
さらに、獲った魚を一尾一尾ていねいに捌き、一昼夜乾燥させた半乾燥干物「セミドライフィッシュ」も、高い鮮度が自慢の商品です。
保育士から漁師へ覚悟の転身をしたリーダーを得て「第一次産業の未来は明るい」と確信できた!
M.F.F.代表取締の小笹伸一朗さんは、お祖父さまもお父さまも漁師という海の男の家系の3代目。しかし8年前まで保育士だったというから驚きです。
2016年、28歳のとき、小笹さんは保育士を辞めて、地元の御津で一番若い漁師になることを決意しました。その理由は、生まれ育ったふるさと御津に恩返しがしたいから。
御津漁港も、全国の小さな漁港と同様に高齢化による担い手不足で、未来は決して明るくなく先細りする一方。この状況を必ず好転させよう!と覚悟を決めて、漁以外の時間、陸の上での挑戦をしようと決めたのです。
たとえば、先輩漁師さんたちが取り扱っていない魚介を居酒屋さんやスーパーに自ら営業をかけること。今では珍味の部類になっている「カサ貝」や「亀の手」などは居酒屋さんが珍しさもあり買ってくれます。
「新鮮でおいしい魚なのに、利益にならないからと捨てられることも。せっかく網にかかった魚なのだから、きちんと値をつけて食べてもらうことも僕らの仕事なんじゃないかな」と、未利用魚を自ら売り込むことで、確実に可能性を広げていった小笹さん。
定置網漁師を始めた当初は、60代、70代の乗組員の中に、20代の小笹さんが一人きり。子どもの頃からの顔馴染みも多く、漁師生活に不満はありませんでした。けれど、時間が経つにつれて「このままでいいのか?」という思いがくすぶりだしていたのも事実でした。そんなときです、小笹さんを動かす決定打になる一言を聞いたのは。
それは、漁師の仕事をやり終えた後、納品先の居酒屋で、そのままホールスタッフとして働いていた時のこと。あるお客さんが、「御津の定置網が島根で一番怠けてる」と言ったのです。この一撃をきっかけに、「このままではいけない。嫌われてもいいから変えていこう!」と、小笹さんの覚悟が決まった瞬間でした。
最初は、もちろん衝突することもあったそうですが、在庫管理による経費削減などが数字に表れると先輩方の態度も軟化。このころには、小笹さんは副船長に抜擢されていましたから、操業に関しても工夫や改善に手腕を発揮。収穫量が増えるなど効果が目に見えて出てくると、同調する漁師さんも現れ、さらに収穫量が増えるという好循環が生まれていったのです。
そんな頼もしい小笹さんの姿を追うように、漁師をめざそうとする若い仲間が増えていくのは、ある意味、必然のこと。一番最初に仲間になってくれたのは、小笹さんのお義兄さん。夜勤が多く家族と過ごす時間が少ないことに悩んでいたところに、「漁師なら子どもと過ごす時間も増えるし、副業で小遣い稼ぎもできる」と勧誘。小笹さんにとって、今でも一番の良き理解者であり最高の漁師仲間となっています。
こうして、仕事も仲間も次第に増えていき、2022年、株式会社 Mitsu Fisherman’s Factoryを設立。
メンバーは18歳~38歳までの現在15人。平均年齢31歳という日本一若い定置網漁師たちの会社としてマスコミにも取り上げられています。
メンバーの前職も、元保育士の小笹さんを筆頭に、警備員、シジミ研究員、介護職、飲食店勤務など様々。なかには、小笹さんが保育士時代の教え子(当時3歳)もいて、人生相談をされた際「漁師をやってみないか」と声をかけてスカウトに成功したメンバーもいるのだそうです。
「獲るだけではない、加工する漁師がいてもいいだろうし、そういうことを考えられる漁師が未来の新しい漁師像なんじゃないかな。そうやって僕らが動いて、新しい漁村のスタイルをつくっていけば、御津のためになるはず。第一次産業の未来はすごく明るいんです!」
地元への恩返しとして始まった小笹さんの漁師生活は、地元産業の発展と町の活性化という枠におさまらない、人々を惹きつける魅力的な挑戦になっているようです。現在、全国的に過疎化が進む漁村にあって、御津の人口は増加中。
「海の人が海のことだけ考えればいい時代ではない。山を整備すれば、山から土壌の栄養をたっぷり含んだ地下水が流れて海も豊かなります。また、船やブイにつく海藻や貝は畑の良い肥料になります」と、農業も小笹さんの視野に入っているのだそう。次のフェーズに備えた準備も着々と進められているのです。
半島産品アワードで賞を受賞! 第2回半島産品アワードにおいて、光文社「半島は日本の台所賞」を受賞しました。酒の肴、ご飯のおかずだけでなく、塩の代わりに、調味料としてもお使いいただけます。
商品詳細半島産品アワードで「半島は日本の台所賞」を受賞したさばの塩辛を使った【-SABA- Siokara Oil 中華】。 料理の味付けにはもちろん。 日々の食卓の“ちょい足し”に使うことで、味変をお楽しみください。
商品詳細半島産品アワードで「半島は日本の台所賞」を受賞したさばの塩辛を使った【-SABA- Siokara Oil イタリアン】 料理の味付けにはもちろん。 日々の食卓の“ちょい足し”に使うことで、味変をお楽しみください。
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