探県記 Vol.112

因州中井窯

(2017年7月)

INSHU NAKAIGAMA

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名プロデューサーたちを納得させた
誠実で確かな手仕事『因州中井窯』

 
なだらかな山々の尾根に囲まれた、清々しい緑の地は、鳥取市河原町。一級河川の千代川は、当時も現在も清流で、江戸時代からアユ漁が盛んに行われて、「アユの町~河原町」とも称されています。
 
そんな千代川の支流、澄んだ曳田川が傍らを流れる静かな中井地区に、人気の窯元があります。
昭和20年(1945)5月、戦時中に登り窯を築いた、因州中井窯。初代は、坂本俊郎さん。息子の實男さんが2代目を継ぐと、鳥取の新作民藝プロデューサー・吉田璋也に気に入られて、新作民藝の窯元として知られるようになりました。

 
さらに、民藝の生みの親である柳宗悦の息子で、工業デザイナーの柳宗理がディレクションした器は、平成12年(2000)からつくられている人気のシリーズ。鮮やかな緑と黒の釉薬をきっぱりと染め分け、〝ハマグリ合わせ〟という窯詰めの方法で縁を素焼きのままに仕上げた「染め分け皿」が代表的です。

 
「柳宗理デザイン研究所から石膏型が送られてきて、その型通りにつくれというわけ。柳の仕事は量産型の工業デザインですから、手仕事の美しさが損なわれる危険性もあるけれど、坂本くんは仕事ができたからね、そうはならなかった」と、当時を知る木谷清人隊員。
〝坂本くん〟とは、現在、3代目として中井窯を守る、坂本章さんのことです。

 
中井窯を訪れた印象は、さっぱりとしていて、美しいということ。
登り窯を右手に見て、ゆるやかな爪先下がりのスロープを歩いて、工房&ギャラリー棟へ向かうのですが、チリひとつ見当たらない敷地に、きっちりと積み上げられた薪に、とにかく目にするもの全てが、中井窯の器のように端正なんです。

 
「璋也さんから〝朝は仕事の前に掃除をするもの〟と教えられていた父は、朝5時から仕事場はもちろん、庭のすみずみまでキレイにしていました」と章さん。自身の「ゴミがあるとダメな性分」も、こうして育ったからなのでしょう。
 

3代目、坂本章さんの誠実な人柄そのまま
やわらかく、あたたかく、スマートな器たち

 
まずは、仕事場である工房へ。
章さんの仕事は、スマートという言葉がぴったり。それは、お弟子さんが「なぜ汚れないのでしょうか?」と頭を傾げるほどです。

 

 
それは、「どうしたらスマートにできるだろう」と試行し、水を極力使わないようにと編み出した、章さん独自のスタイル。ロクロを回しているときに手につく土〝ドベ〟がほとんど出ない技術は、誰にでも真似できるものではないのだそう。野暮ったさを出さず、尖らせず、スッキリとしたアウトラインの、いかにも章さんの手から生まれた器になるのです。

 
工房の隣には、4年前に完成したというショップ&ギャラリーがあります。
そこで、一番に小谷寛隊員が手に取ったのは──
「酒屋さんから〝良い酒は平杯で〟と教えてもらって、探していたんですよ。平杯は香りを感じやすく、口にすると舌の広い部分に流れるので華やかな味になるそうですよ」と、ずいぶん気に入られた様子です。

 
吉田璋也の新作民藝の窯元として、あるいは、柳宗理ディレクションの窯元として、真面目に歩んできた中井窯ですが、「今はもう、〝中井窯〟でお客さんが来るよね」と木谷隊員がいうように、どんな修飾語も必要なくなりました。
 
緑~黒~白~、自然素材で手づくりされる釉薬の色が特徴的な中井窯の器ですが、それも、軽やかなシェイプと、心地好く手に馴染む質感が出せる高度な技術があってこそ。
洗練されていて、つい見惚れてしまう器ですが、一点一点揃えていって、やはり日常使いに楽しみたい中井窯の器です。

 

【アクセスについて】
●因州中井窯へのアクセス/JR因美線河原駅より車で約11分
●鳥取県鳥取市河原町中井243-5
【WEBサイト】因州中井窯