探県記 Vol.136

石見神楽面

(2018年12月)

IWAMI KAGURAMEN

234

  • 木内吾平キャプテン

八調子の石見神楽の発展に貢献
石州和紙を柿渋入り糊で張り重ねた
木彫より軽くて強い和紙の面

 
島根県西部の石見地方に、古くから伝わる「石見神楽」。日本神話を題材にする有名な『大蛇(おろち)』などの演目で知られ、哀愁あふれる笛の音、鳴り渡る太鼓囃子に合わせて舞い踊る石見神楽は、ぜひとも鑑賞してみたい山陰の伝統芸能です。
石見神楽の醍醐味といえば、金糸銀糸に彩られた豪華絢爛な衣装、提灯をヒントに考案された大蛇の蛇胴、さらに表情豊かな神楽面があります。全国の神楽には素顔で舞うものと、面をつけて舞うものがあり、面をつける場合は木彫面が一般的です。ところが、石見神楽は石州和紙を張り重ねた「張り子面」をつけることから、大変珍しい神楽とされています。

 
「張り子面」の由来は明治20年頃、島根県で振興を目的にテンポの早い「八調子」の神楽舞が生まれ、浜田市を中心に広まっていきました。これに合わせて、木彫面より軽い和紙の面が制作されるようになったからでした。
現在、石見地方では大小、約150もの神楽団体が活動しています。例えば『鍾馗(しょうき)』の演目に登場する疫病神の疫神(えきしん)など、同一役柄でも各々の団体ごとに表情に意匠を求めることから、多種多彩な石見神楽面がつくられ、それを見比べることも見どころの一つとなっています。
地元はもとより、全国からの注文を受けて独創的な神楽面を制作しているのが、島根県浜田市にある『柿田勝郎面工房』です。

 
「師もなく独学で始め、唯がむしゃらにやってきただけです」と語る初代当主の柿田勝郎さん。幼い頃、近所にあった番傘屋の職人の姿を見て育ち、大人になって就職したものの、石見神楽の演目『鍾馗』に魂を揺さぶられて脱サラ。30歳から、この道へ。以来、46年以上にわたって、石見神楽面をつくり続けておられます。
「石見神楽面には自由に創作できる面白さがある。しかし、同時に先人が残した古面の復元や修理も大切な作業」が職人としての信条。島根県邑南町市木に伝わっていた「市木面」、浜田市長浜町に残る「長浜面」の有識者であり、伝統的な技法の記録と継承にも努められています。

 
 

数々の工程を経て完成した面
最後の真価(価値)は
舞手と面が一体となる
瞬間(とき)に生まれる

 
現在、工房では二代目にあたる息子の兼志さんと共に日々精進されています。工房の心臓部でもある作業場を特別に兼志さんに案内してもらいました。制作工程では、最初に石膏型が作られます。工房に設けられた棚には、500以上の石膏型が保管されていました。

 
この石膏型からつくられた粘土原型に、手で小さく裂いた石州和紙を貼っては乾かす作業が何度も繰り返されます。このとき柿渋入りの糊が用いられ、最終的に全体が半紙50枚くらいの厚さになるまで張り重ねられます。柿渋には防水、防虫効果、さらに面を固くする作用があるそうです。

 
根気のいる面張りが済むと、面の裏側を小槌でたたき、粘土を壊して外します。その後、裏面の仕上げ、目や鼻などの穴あけ、胡粉をかけて磨き上げる肌作りの作業などが続きます。何枚も糊で重ねられた石州和紙は繊維がからんで大変に強くなり、細い錐では目や鼻の穴がきれいに仕上がらないことから、焼き火箸を使って開けるそうです。

 
こうしてベースが出来たら彩色をほどこし、毛植え、漆塗りなどの工程を経て、ようやく仕上がりとなります。原型作りから仕上げまで、各工程には細かな作業と技が必要とされ、制作には最低でも1ヶ月、大きな面になると1年以上かかるそうです。

 

 
「私どもで完成ではありません。最後に舞手の方に託す。そこで初めて生きた面になるのだと思います」と語る兼志さん。山陰を観光する方々にダイナミックな石見神楽を鑑賞してもらえるのも、先人の技に一歩でも近づこうと日々、努力を惜しまない職人さんがいるからに他なりません。

 
石見神楽面は魔除けや招福の縁起物、新築祝いなどの装飾用品としても人気が高まっています。また最近は、日本神話を現代に伝える独特の工芸品として、海外からの問い合わせが少なくないそうです。山陰のみならず日本を代表する伝統工芸品の一つとして、ますます石見神楽面は世界へ広まろうとしています。

 
【アクセスについて】
●石州長浜面 柿田勝郎面工房へのアクセス/JR西浜田駅から車で約6分
●島根県浜田市熱田町636-60
【WEBサイト】石州長浜面 柿田勝郎面工房
 
 

Copyright © sanin-tanken.jp All Rights Reserved