探県記 Vol.140

ののこめし

(2019年4月)

NONOKO MESHI

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  • 木内吾平キャプテン

冷めても美味しい素朴な甘辛さ
油揚げの旨みがご飯に染み込んだ
港町のソウルフード

 
鳥取県西部の弓ヶ浜半島で、昔から親しまれている郷土料理「いただき」。別名「ののこめし」とも呼ばれ、見た目は大きないなり寿司。でも、作り方と味は、まったく別物。ひとくち食べると、炊き込みご飯のような甘辛さの中に、コクのある旨みがじわっと広がります。油揚げの中に生米と根菜を詰めて、だし汁で炊き上げた、まさに素朴な田舎めしです。

 
お米が貴重な時代には大変なごちそうで、特別な行事があると各家庭で手作りし、ご近所に振る舞われました。具材や味付けは家庭ごとに少しずつ異なり、親から子へ受け継がれる「おふくろの味」でした。かつては、漁師や農家の人々が、お弁当に持って行った時代もあったとか。しかし、今日では手間がかかることから、家庭で作られることはほとんどありません。

 
そんな「ののこめし」を半世紀にわたり、郷土の味として守り続けているのが、鳥取県境港市外江町にある「こめや産業」です。
「私も子どもの頃から食べてきました。境港で昼飯といえば、ののこめしでしたね。今でも運動会のお弁当などに欠かせない、ハレの日のごちそうです」と語るのは、二代目社長の浜田貴稔さん。

 
同社は、日用品や食料品などを販売する地元の商店として、昭和26年に創業。売り物の生鮮野菜を活用して、総菜を手作りしたことをきっかけに、「ののこめし」を作り始めました。
「隣町の名人と呼ばれたおばあちゃんから、秘伝の作り方を伝授してもらい、当社の味を作り上げていきました」
現在、一日400〜500個を手作り。境港市と米子市周辺のスーパーマーケット、百貨店に提供しています。 

 

ルーツは精進料理の「羅漢和え」
江戸時代、お寺の住職が持ち帰った
「油揚げ」から生まれた郷土料理

 
「ののこめし」の製造工場を見学させてもらいました。具材は国産の人参、ごぼう、地元産の干し椎茸の3種類。これらを細かく刻んで、もっちりした食感に炊き上がる「大山山麓米」と混ぜ合わせ、油揚げに詰めます。熟練した従業員の方々が、一つひとつ素早く詰める手さばきは、まさに職人技。仕込みの済んだ油揚げは大きな炊飯器の底に、きれいに並べられていきます。

 
炊き場には、火力の強いガス釜の炊飯器がずらり。味付けは昆布と煮干のダシ汁、島根県松江市の北國醤油、コクのある中双糖(ザラメ)など厳選した調味料を使い、じっくりと染み込むように炊き上げます。
「ガス釜の場所によって味の染み込み方が違うので、落としぶたなどで調整して、均一の味に仕上がるようにします」と工夫されていました。
炊き立てはふっくらと、まろやかな味。さらに冷蔵庫で一晩寝かし、味がより染み込んだ後は、しっとりと奥深い味わいを楽しめます。

 
冷めても美味しいのは、精進料理の「羅漢和え」に由来しているからと言われます。「羅漢和え」は、油揚げと根菜を甘辛く煮て冷まし、酢で和える料理。江戸時代の末期、境港市渡町のお寺の住職が、福井県のお寺から「油揚げ」を持ち帰りました。これに生米と根菜を詰め、甘辛く炊いたのが発祥とされています。
明治時代に境港の味として根付いた「ののこめし」は、当時盛んだった養蚕業の市場に集う、周辺町村の行商人に振る舞われるようになりました。これを持ち帰った、鳥取県大山町から島根県安来市の周辺には、今でも「ののこめし」の食文化が残っています。

 
「いただき」「ののこめし」と呼び名が違うのは、地区によるものだそうです。名前の由来は諸説あります。最も有力なのは、ご近所に振る舞われたことから、「頂く」という感謝の気持ちを表したという説。また、昔は弓ヶ浜半島で伯州綿の栽培が盛んでした。この綿を入れた「布子(ぬのこ)」と呼ばれる半纏(はんてん)の格好が、ふっくらとして似ていたことから、「ぬのこ」がなまって「ののこ」「ののこめし」と呼ばれるようになったとも伝わっています。
様々な言い伝えがあるのは、それだけ親しまれているということ。鳥取県の代表的な郷土料理として後世に受け継ごうと、境港市・米子市の学校給食にも採用されました。今では子どもたちの人気メニューです。境港のソウルフードともいえる伝統の味は、しっかりと後世に継承されています。

 
【アクセスについて】
●こめや産業へのアクセス/JR上道駅から車で約7分
●鳥取県境港市外江町3175-4
【WEBサイト】こめや産業
 
 

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