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世界遺産とは、人類の営みの成果として、過去から受け継がれたものを、私たちが守り継ぎ、これから後世にわたって継承し続けるもの ─ これは広く共有されている理解であるが、実のところ世界遺産の価値は、登録の時に「評価された価値」に限られるものではない。真の価値は登録された後に私たちが、それをいかに護り理解し活かしてゆくかによって、はじめて発揮されるものである。

人類に共通する営みの本質的な特徴を表している場所や景観 ─ 世界遺産は、時間をかけて、ゆっくりと醸成されてきた。本物を創るためには、それだけ時間と労働をかけなくてはならないのである。同時に世界遺産とは、過去からの時間を、未来への時間として創り出す場所である。そんな世界遺産であるからこそ、時間をかけてじっくりと発見し享受したい。

山陰の世界遺産・石見銀山には、法隆寺や姫路城、厳島神社など著名な世界遺産にみられる傑作性や華々しさはない。けれども、そこにあるのは、鉱山、町、港、それらを結ぶ街道がなす、時をかけてじっくりと培われてきた文化的景観である。それは、一度訪れるだけでは味わいきれない歴史と人の営みの層を、幾重にも重ね備えている。

特急列車もいいけれど、ときには山陰本線の単線の鈍行列車に、駅で待ち合わせて乗り換えてみる。駅で降り、自分の足で旧街道を歩いてみる。温泉津から沖泊(おきどまり)へ、馬路(まじ)駅から鞆ヶ浦(ともがうら)へ、銀と人の往来をなぞってみる。過去から受け継がれる時間に自分の時間を重ねて、景観と人と時間のつながりについて問いながら歩いてみて、初めて五感に働きかける景色を感じる。ゆっくりを、あえて選んで、立ち止まり、自由気ままに、発見しよう。

慌ただしく過ぎる日常をしばし休んで、立ち止まり、ゆっくり歩く。消費する観光から持続する観光へ。世界遺産を通して、過去から将来を紡ぐ時間に出会う─、 時間をかける旅に出よう。


special presenter

内藤ユミイザベル


日本イコモス国内委員会理事、世界遺産石見銀山遺跡調査整備活用委員会委員、石見銀山研究会会員。日本とヨーロッパの文化を併せ持つ環境で育ち、ベルギーとイギリスの大学で建築士と文化遺産保存の修士号を取得。帰国後、京都・奈良で日本の文化財の保護・実践を経験。東京芸術大学大学院、東京文化財研究所に所属し、国内外の文化遺産の保護と研究、国際協力に携わる。2008年からは、世界遺産石見銀山の構成資産のひとつである温泉津と東京を拠点に、文化遺産の保護・継承の活動に従事。