世界遺産とは、人類の営みの成果として、過去から受け継がれたものを、私たちが守り継ぎ、これから後世にわたって継承し続けるもの ─ これは広く共有されている理解であるが、実のところ世界遺産の価値は、登録の時に「評価された価値」に限られるものではない。真の価値は登録された後に私たちが、それをいかに護り理解し活かしてゆくかによって、はじめて発揮されるものである。
人類に共通する営みの本質的な特徴を表している場所や景観 ─ 世界遺産は、時間をかけて、ゆっくりと醸成されてきた。本物を創るためには、それだけ時間と労働をかけなくてはならないのである。同時に世界遺産とは、過去からの時間を、未来への時間として創り出す場所である。そんな世界遺産であるからこそ、時間をかけてじっくりと発見し享受したい。
山陰の世界遺産・石見銀山には、法隆寺や姫路城、厳島神社など著名な世界遺産にみられる傑作性や華々しさはない。けれども、そこにあるのは、鉱山、町、港、それらを結ぶ街道がなす、時をかけてじっくりと培われてきた文化的景観である。それは、一度訪れるだけでは味わいきれない歴史と人の営みの層を、幾重にも重ね備えている。
特急列車もいいけれど、ときには山陰本線の単線の鈍行列車に、駅で待ち合わせて乗り換えてみる。駅で降り、自分の足で旧街道を歩いてみる。温泉津から沖泊(おきどまり)へ、馬路(まじ)駅から鞆ヶ浦(ともがうら)へ、銀と人の往来をなぞってみる。過去から受け継がれる時間に自分の時間を重ねて、景観と人と時間のつながりについて問いながら歩いてみて、初めて五感に働きかける景色を感じる。ゆっくりを、あえて選んで、立ち止まり、自由気ままに、発見しよう。
慌ただしく過ぎる日常をしばし休んで、立ち止まり、ゆっくり歩く。消費する観光から持続する観光へ。世界遺産を通して、過去から将来を紡ぐ時間に出会う─、 時間をかける旅に出よう。