島といえば断崖絶壁の海岸線が思い浮かびますが、大根島にはそうした荒々しい自然は見当たりません。
最高地点は島のほぼ中央、火口から噴き出たスコリア(玄武岩質の軽石)から成る標高42mの大塚山ですが、それ以外は実に緩やかで、不思議なほどフラットな地形。
島のどこにいても360度見晴らしがよく、ほとんど起伏のない平らかな島であることがわかります。
その理由は、大根島の土台である玄武岩の熔岩は粘り気が弱いため堆積せず、流れ出ては広がり、お皿を伏せたような形状になったからでした。
火山活動で生まれた大根島の地下は、リング状の熔岩洞窟が縦横無尽につながっていて、モグラの巣のように広がっているといいます。
現在、島内にある熔岩洞窟で、人が中に入ることができるのは国指定特別天然記念物の「幽鬼洞」と、国指定天然記念物の「竜渓洞」の2つ。そのうち、一般に見学が可能なのは竜渓洞だけで、専門のガイドさんに扉の鍵を開けてもらう必要があります。洞窟内はそれほど希少で、それほど危険でもあるということなのです。

汽水に囲まれた大根島には川さえありませんが、淡水レンズから湧き出す水が飲用水や生活用水として利用され、島の人々と作物を育てる「命の水」となっているのです。
大根島の複雑な自然環境は、2017年、日本ジオパーク認定された「島根半島・宍道湖中海ジオパーク」のエリア内。熔岩洞窟、スコリア丘(大塚山)、湧き水(親水公園)など島の随所で、知れば知るほどおもしろい火山活動の不思議な歴史に出会えるはずです。


民家の真下にあるという大変珍しい熔岩洞窟。「特別」の付く天然記念物の熔岩洞窟は、大根島の幽鬼洞と秋芳洞(山口県)の2つだけ。一般公開はされていませんが、約100mのコースが確認されています。

島内で唯一見学可能な熔岩洞窟。洞窟内で火口の様子が確認できるのは世界的にも大変希少。7月・8月の暑い時期、洞内へと下りる階段の入り口には、急激な温度変化によって天井付近に小さな雲が発生。神秘的な「入口雲」は一見の価値があります。

(島根県自然観察指導員)
洞窟ガイド 門脇和也さん
大根島の土壌は主に、島根県のほぼ中央にそびえる三瓶山が度々噴火した際に降り積もった火山灰由来の黒ボク土です。
水はけや通気性が良いうえに有機物を豊富に含むこの肥沃な土壌と、淡水レンズからの湧き水のおかげで、周辺のどことも似ていない高収益作物の特産品が育てられています。


大根島の土壌は主に、島根県のほぼ中央にそびえる三瓶山が度々噴火した際に降り積もった火山灰由来の黒ボク土です。
水はけや通気性が良いうえに有機物を豊富に含むこの肥沃な土壌と、淡水レンズからの湧き水のおかげで、周辺のどことも似ていない高収益作物の特産品が育てられています。

大根島では、県内で唯一、雲州人参(高麗人参)が栽培されています。
その歴史は、江戸時代、幕府が医薬行政の立場から、当時極めて貴重とされていた高麗人参を一般にも広めようと、1727年、「御種人参」と名付けて諸大名に種子を分け与えたことからはじまりました。
このとき、全国24ヶ所で栽培が試みられたといいますが、成功するのは難しく、徐々に減少。現在に至るまで栽培が続けられている主な生産地は、長野、福島(会津)、そして、ここ大根島の3ヶ所だけとなっています。
ほとんどの土地で成功しなかった人参栽培ですが、なぜ大根島で大成したのでしょう。
やはりそれは、特殊な地形の上にある肥沃な黒ボク土と、淡水レンズからの湧き水があったおかげでした。
さらに、植え付けから収穫までに6年間を必要とし、さらに、薬効のある良質な人参を収穫した後の畑は栄養分のほとんどを失っていて、収穫後15年以上置かなければ同じ畑で人参を作ることはできません。この長期に渡る栽培サイクルが他所ではネックになったのでしょう。
しかし大根島では、その困難を逆手にとって「雲州人参」という高収益作物の特産品化に成功しています。


大根島に最初に牡丹が伝わったのは江戸時代中期、お寺の住職が遠州(静岡県)の秋葉山から薬用として持ち帰り、境内に植えたのがはじまりと伝わります。
それから時が流れて、飛躍的に生産量が拡大したのは「芍薬の根に牡丹の芽を接ぐ技術」が確率された昭和30年代頃。こうして、開花率の高い大根島の牡丹の苗は、全国へと届けられるようになっていきました。
大根島の牡丹が全国に知れ渡った大きな要因のひとつに、島の女性たちによる行商があります。
背負い籠いっぱいに牡丹の苗を詰め込んだ大根島の女性たちは、船やバスや鉄道を乗り継いで、全国津々浦々まで売り歩きました。それは島で待つ家族のため、
延いては、産業の乏しかった島の経済を支えるため。
こうした島の女性たちの深い愛情が、全国で牡丹の花を咲かせたのです。
昭和60年代には促成栽培技術が、平成8年には抑制栽培技術が開発され、一年を通して牡丹の花を咲かせることに成功。牡丹開花調整技術の特許も取得しています。
栽培技術の確立によって、現在、大根島の牡丹の苗はアジア、ヨーロッパ、北米などへ輸出されて、海外の愛好家にも親しまれるようになっています。
高収益作物である雲州人参も牡丹も、あらゆる農作物と同等かそれ以上に、手間と時間と、技術と愛情が注がれています。
近年では、「担い手育成協定制度」を締結して、若手後継者の育成に積極的に取り組んでいる革新的な地元企業の活躍に目を見張るものがあります。
そこには、歴史と文化の継承を使命として、良い意味で「職人気質をつくらない」今の時代に適ったメソッドを実践する新しい働き方がありました。
