全長19.2kmの路線に、停車駅は9つ。
何も知らなければ素通りしそうな古くてちっちゃな駅がほとんどだけれど
知ることで、なんだか愛おしく思えてきます。
1日に14往復、片道約30分間のローカル線「若桜鉄道」
各駅に残された歴史の足跡を見つけられたとき
あっ、いま、タイムスリップしたような…
そんな不思議な感覚に出会える旅がありました。
鳥取県の東の端、桜の花が里山を彩る田園風景の中を、たのもしく走る若桜鉄道は、郡家駅(八頭町)と若桜駅(若桜町)を結ぶ国鉄若桜線として、1930年(昭和5年)12月に開通。地元のみなさんの便利な公共交通機関として、地域産業の発展にも長く貢献していました。
しかし、基幹産業だった林業の衰退に、過疎化が拍車をかけて、国鉄若桜線の役割は徐々に低下。赤字ローカル線の廃止や国鉄分割民営化という時代の波に洗われて、一時は廃止の方向に傾いていたといいます。
そこで立ち上がったのが、地元行政や住民の方々。存続への熱心な取り組みはやがて実を結び、1987年(昭和62年)、第3セクター若桜鉄道株式会社が誕生し、無事に鉄道の路線は守られました。
2008年(平成20年)6月には、昭和初期に建てられた沿線の駅舎や橋梁など全23の鉄道関連施設が、国の登録有形文化財に指定され、歴史的遺産に出会える路線として注目されるようになりました。
また、翌年4月には、運行・運営を若桜鉄道が担い、施設の維持・管理を若桜町と八頭町が負担する「上下分離方式」が導入されました。自治体が車両や駅舎などの施設を保有して運営会社に無償で貸す「公有民営方式」の上下分離は、若桜鉄道が全国初の認定でした。
若桜鉄道を走る車両は、レトロで可愛いと評判です。『昭和号』は沿線の清流をイメージしたあざやかなブルーの車体。
『八頭号』は伝統的な寺社に使う赤色、魔除け厄除けの色でもあるロイヤルレッドの車体。
『若桜号』は四季折々に美しい沿線風景に合うブリティッシュグリーンの車体。昭和レトロ調の趣ある内装も含めて全てのデザインを手がけたのは、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」で知られる工業デザイナーの水戸岡鋭治さんです。
さらに、大型バイク隼のラッピングをした『隼号』も運行。「どの車両に乗れるのかな」そんな楽しみも若桜鉄道の魅力になっています。
鳥取県の最東端の駅[若桜駅]は、若桜鉄道上り線の始発駅。構内には、昭和5年に建てられた駅舎をはじめ、機関車転車台や給水塔など8つの国登録有形文化財(※以降「文化財」と表記)が残されています。 そのほかにも、SL体験運転(4月~11月の第3土曜日・要予約)や、SLトロッコ乗車(4月~11月の第2・4日曜日)などもあり、まるで駅全体が体験型の鉄道ミュージアムみたいです。
そして駅の中は、車両と同じく水戸岡さんの監修でリニューアルされた昭和レトロな異空間。わかさカフェ「retro」や待合室ラウンジの落ち着いたインテリアが、ノスタルジックな旅の始まりを予感させてくれます。
若桜駅からほんの数分歩いただけで、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定される時代がかった町並みが出現。中世には若桜鬼ヶ城の城下町として、江戸時代には鳥取と姫路(兵庫県)を結ぶ若桜街道と伊勢街道の宿場町として栄えた歴史ある若桜宿ですが、明治時代に2度の大火に見舞われ、繁栄を極めた町並みをことごとく焼失してしまいました。
けれど、そこで落ち込んでばかりいなかったのが地元住民のみなさんでした。2度目の大火からわずか1週間後に自主運営組織「若桜宿会」を中心として11条からなる議決書を定めて、火事に強いまちづくりに取り組みました。その主な内容は大火の教訓を生かして「茅葺き屋根の禁止」「災害時に避難しやすいように新たな道を築く」「防火水路をつくる」「通行妨害になるものはすべて厳禁」など。こうして厳しいルールに則って生まれた新たな町並みは、国内初の住民主導による都市計画によって形成されています。
2つのメイン通りには「仮屋通り」「蔵通り」とそれぞれ名づけられて、7本の水路や特色ある建築が現存。食事休憩処や工芸館など、立ち寄りたくなるお店が点在する観光名所に育っています。メイン通りの入り口付近には、日本茶スタンド「URUWASHI JAPANESE TEA」がオープン。日本茶のラテを飲みながら散策するのも楽しい通りです。
駅構内のコーヒースタンド。地元吉川の豚肉を使ったretroハンバーガーなどの軽食に、ミックスジュースやメロンクリームソーダなどレトロなドリンクメニューもうれしいお店。すぐ向かいにある待合室ラウンジに座り、昭和の時間に迷い込んだ気分を味わいながら、ゆっくり過ごすのも楽しい時間。
鳥取県八頭郡若桜町若桜345-1
営業時間:9:00~18:00
お問い合わせ:070-4740-5608
定休日: 火曜日
https://www.instagram.com/wakasa_cafe_retro/
若桜駅から徒歩3分の場所にある日本茶カフェ。知っていそうで実は知らなかった本格的な日本茶を、目の前でアドバイザーが淹れてくれるお店。ほうじ茶ラテや抹茶ラテに、苺の最中に抹茶プリン、みたらしだんごも人気のメニュー。
鳥取県八頭郡若桜町若桜379
営業時間:平日 12:00〜17:00
休日 10:00〜19:00
お問い合わせ:070-2361-0369
定休日:月・火曜日
※変更がある場合はSNSにてご案内
インスタグラムはこちらから
若桜駅から出発した列車は、車窓に文化財指定の「雪覆」や「落石覆」などを見ながら、文化財指定の[丹比駅]へ。降り立つプラットホームの柱には、アメリカの鉄鋼王として有名なカーネギー製レールを再利用。現在でも「CARNEGIE」の文字が確認できます。
丹比駅の次は[徳丸駅]。沿線住民の要望で2002年3月に新設された新しい駅です。周辺には、フルーツ観光園、運動公園、道の駅などがあるのどかさが魅力。
続いて、文化財指定の「第二八東川橋楽」を渡れば、同じく文化財指定の[八東駅]に到着。2年前、当駅に行き違い施設が完成したおかげで、それまで1日10往復だった運行便数が14往復に増便されています。
人気映画『男はつらいよ 寅次郎の告白』(1991年)のロケ地として映画ファンに知られる、寅さんゆかりの地[安部駅]も文化財指定の駅舎。真っ直ぐに伸びる線路のロケーションが感動的で、映画のロケ地に選ばれたことに納得です。
20世紀最速の大型バイクと同じ名前の[隼駅]も文化財指定。隼ライダーの聖地として2009年から始まった「隼駅まつり」は、毎年8月第1日曜日に開催。今では全国から2000台余りのバイクが集結するほどのビッグプロジェクトになっています。
そんな隼駅から徒歩3分ほどの場所にあるのが、旧隼小学校を改修したコミュニティ複合施設です。1階には地域の内外から人々が集まるカフェや地域住民の福祉拠点、2階・3階にはワークスペースやレンタルスペースがあり、様々な用途で利用される地域の拠点となっています。
隼駅に続く[因幡船岡駅]も文化財指定。プラットホームに残る巨大な牛秤は、古来より因幡牛の産地として知られ、山陰第一の牛市が当地で開催されていた証です。
沿線にある八頭高校の生徒さんたちの通学の利便性を高めるため、1996年10月に新設されたのが[八頭高校前駅]。全駅の中で最も乗降者数が多い駅になっています。
隼駅から徒歩3分。旧隼小学校をリノベーションしたコミュニティ複合施設。1階のカフェ「CcaféDining
San」は、カリッと焼き上げたカンパーニュにたっぷりの具材を挟んだグリルサンドや、種類豊富な自家製ドリンクメニューが人気です。2階のコワーキングスペースは、事前予約なしで単発(1日/半日)利用も可能。敷地内にはグラウンドもあり、ファミリーはもちろん、仕事と気分転換をかねてのワーケーションのような利用にもぴったりです。
https://hayabusa-lab.com
鳥取県八頭郡八頭町見槻中154-2 隼Lab.1階
営業時間:10:00~17:00
(ランチタイム11:00~。ラストオーダー16:30)
お問い合わせ:0858-72-3330
定休日: 火曜日
https://www.instagram.com/cafediningsan/?hl=ja
車両が文化財指定の「第一八東川橋梁」を通過したら、若桜鉄道の起点[郡家駅]に到着です。当駅にはJR西日本の因美線も乗り入れていて、若桜鉄道の半数近い車両が乗換なしで鳥取駅まで運行。鳥取駅からは山陰本線を走る観光列車『あめつち』に乗って出雲市まで。若桜鉄道の線路は、こうして各地につながっています。
郡家駅は、2015年にリニューアルされた新しい駅舎。観光案内所やコミュニティ施設が併設し、駅舎のロフト風2階はプラットホームが眺められるビュースポット。さらに目線のその先には、200~300もの古墳が眠っていると推察される緩やかな山並みが続いています。
郡家の私都谷(きさいちだに)は、県内で最も多く古代の窯跡が見つかっている地域であり、国中平野では奈良時代の八上郡衙(郡のお役所)跡も見つかっています。その規模は東西92mと全国第1位で、国庁クラスの大きさなのだそう。第2位の規模とされる神奈川県の高座郡衙が東西64mですから、飛び抜けた大きさであることがわかります。郡家に眠る遺跡は、またまだ未知数。今後の発掘調査と歴史の解明に期待が寄せられています。
郡家駅からバスに乗って約15分の場所、豊かな自然の中に突然現れる「大江ノ郷リゾート」は、県内外から多くの人々が訪れている人気のエリア。宿泊施設「OOE VALLEY STAY」、食事スポット「ココガーデン」「大江ノ郷テラス」、ショッピングスポット「大江ノ郷ヴィレッジ」が揃う、洗練されたアミューズメントパークのようです。
わずか19.2kmの路線ですが、その沿線には、深い眠りから目覚めるのを待ち望む歴史があり、一方で、どこよりも新しい風が心地よく吹くエリアがあります。
今、この、長いトンネルを抜けたなら、各駅停車の旅に出かけてみませんか。ローカル線「若桜鉄道」の車両に揺られて–––。
緑豊かな山間で非日常を感じながら特別な時間が過ごせる里山リゾートホテル。閉校になった小学校が魅力的な体験型の宿泊施設として蘇っています。山から聞こえてくる小鳥や鹿の鳴き声に耳を傾けながら、鳥取の新鮮な食材を使った囲炉裏料理をいただく。そんな贅沢はいかがでしょう。
鳥取県八頭郡八頭町下野331
お問い合わせ:0570-008-558
郡家駅から「大江行き」バスに乗って約20分
https://ooevalley.jp
町の文化芸術発信の拠点「若桜郷土文化の里」に勤務しながら、地域の歴史文化を研究する郷土史家。各種審議会・委員会委員や若桜町観光ガイドクラブなど町内の各種団体で活動するなど多方面で活躍。
八頭町文化財保護審議会会長、八頭町文化協会副会長、八頭町観光マイスターなど八頭町で多種多様な知識で活躍する、まさに八頭町マスター。