探県記 Vol.145
吾郷屋
(2019年9月)
AGOUYA
13711
切り絵と象嵌を合わせたような
全国でも珍しい「はめ込み細工」を
ほどこした手づくりのノート本
島根県出雲市平田町には、木綿街道という川沿いの街並みがあります。古き良き時代の賑わいを今に伝える酒蔵、醤油蔵の商家などが残り、のんびり散策するのもおすすめです。この落ち着いた趣あふれる街道に、ひっそりと佇む「吾郷屋」。約150年前の民家を改装したお店の主人は紙の造形作家、吾郷直紀さんです。
店内に入ると、古い文房具屋という雰囲気。展示販売されている手製本のノートを、よく見てみると・・・・。ハードカバーの表紙の片隅に、切り絵細工がほどこされています。柄は椅子にのった象。ミニチュアサイズのメモ帳「豆帳」も発見! 表紙に切り抜かれているのは、ひらがなの50音。
さらに、色とりどりの四角がデザインされたノートの表紙を、よくよく見てみると・・・・。2mm角ほどの四角を切り抜いて、そのパーツをパズルのように入れ替えて、はめ込まれています。これは、まさに紙の象嵌。ミリ単位の技を駆使した「はめ込み細工」に、感嘆の息がこぼれます。その全部が手仕事。紙選び、折り、綴じ、接着、表紙づくりなど、すべて吾郷さんの手によるものです。
「製本をやりたくて。切り絵やはめ込み細工は、製本の一部といえます。私は生きものが好きなので、よく昆虫や動物をモチーフにします。自然の生きものは、形に無駄がないから惹かれるのかな。丸いドットや四角をデザインすることも多いですね。形を小さく分解していくと、分子状の円形や四角に近づいていきます。それは生きものの源、命の形だからなのかもしれません」と語る吾郷さん。
以前は、事務職のサラリーマンをしながら、創作活動を行っていたそうです。個展やグループ展などに出品しているうちに、ノート本などのオーダー注文を受けるようになり独立を決意。2年前、実家の一階を展示場、屋根裏を工房に。作品づくりに時間を割けるようになり、近年は工芸やアートに通じる作品を次々と発表されています。
書き込んでもらうまでは未完成
1冊のノートと出会い
作家と一緒に完成させる歓び
子どもの頃から、絵や字を描くのが大好きだった吾郷さん。書道家のお祖父さんとお父さんの影響で、いつも紙が身近にあり、小さい頃から紙を束ねて遊んでいたそうです。また、お母さんの趣味はパッチワーク。その遺伝子を継ぎ、小学生のときは家庭科や図工など、物を作ることが大好き。この頃から、ステープラーで紙を綴じた自作のノートを製作。大学生のときには、好きな形のバッグをキャンバス生地で自作したことも。「そのうち、色々な形のノートをつくるようになり、表紙のデザインに興味を持ちはじめました。絵を印刷したこともあるんですが、どうもしっくりこなくて。それならと紙で絵を表現してみたら面白くて、はめ込み細工をするようになりました」
製本などの技術の習得は、まったくの独学だそうです。「興味のある本は分解して、徹底的に調べます。自分で納得いくまで調べる。それは人に負けないと思います」とストイックなまでの勤勉さが、卓越した技術を支えています。
今、心がけていることは、創作のテンションを一番良い状態に持っていくこと。「自分がワクワクしながら創作しないと、絶対にお客さまに面白いと感じてもらえません。気持ちが伝わらないものは、つくれません」。そんな話を伺っているとちょうど、使い込んだノートを持参して、「もう一冊つくってほしい」と注文する愛用者の方が来店されました。「私の手製本は、お客さんに書き込んでもらって完成するもの。それまでは未完成といえます。だからボロボロになっているのを見ると、本当に嬉しいです」と笑顔がこぼれました。
吾郷さんの作品はシュールな中に、どこか懐かしさとユーモアがあります。大人も子どもも楽しめると、じわじわと注目されているのが、新聞の貼り絵シリーズ。しおりに描かれた、背中に甲羅のある河童の貼り絵。素材にした紙は、新聞紙に掲載された写真です。さて、写真のどの部分を甲羅に見立てたのか? 正解は、車の解体工場のタイヤ。ではもう一問、鳥のくちばしは? 正解は、テープカットの来賓者が身に着けていたベルトのバックル。正解を知るほどに、ユーモアあふれる独特の視点に心が和んでいきます。
出雲市平田町には一式飾りという、金物や茶器などを使って歌舞伎の人物や話題の場面を表現する、伝統的な民俗芸術が伝わっています。「見立てて別のものをつくりだす」。そんな風土が根付いている平田出身の吾郷さんだから、生まれたシリーズといえます。
平田を旅することがあったら、木綿街道を訪ねてみませんか。いい仕事をする作家との出会いが待っています。
【アクセスについて】
●吾郷屋へのアクセス/雲州平田駅から徒歩で約9分
●島根県出雲市平田町721
【WEBサイト】吾郷屋Facebook