探県記 Vol.146

奥出雲そば処一福

(2019年10月)

OKUIZUMO SOBADOKORO IPPUKU

14047

地元・飯南町産そばを自家製粉
秘伝の出汁をいかしたそばつゆと
相性抜群の黒いそばをいただく

 
島根県を代表する食文化といえば「出雲そば」。その大きな特徴は、見た目が黒っぽいこと。これは殻のついたそばの実をそのまま、ゆっくり時間をかけてそば粉にする「挽きぐるみ」にしているからです。そばがもつ旨みや香りをできるだけ粉砕しない製法なので、風味と栄養に富んだそばに仕上がります。また、茹でたそばは「割子(わりご)」という丸い形の椀に盛られて、小徳利に入れたそばつゆが添えられます。通常は3枚重ねで一人前。上に置いた割子椀にネギ、大根、海苔などの薬味をのせ、そばつゆを注いでいただきます。一枚ずつ、つゆ加減を好みにできるところも、出雲そばの楽しみです。

 
県内には、風流なそば屋がたくさんあります、そのなかでも、特に紹介したい一押しのお店が、奥出雲の飯南町にある「一福(いっぷく)」の本店。手打ちならではのコシがあり、香り高く、喉ごしのよい二八の出雲そばを味わうことができます。県境に近い国道54号沿いにあることから、広島方面からのお客さんも多く、週末や連休のお昼には行列ができる繁盛店です。

 
創業は大正11年。初代・伊藤ソメさんが、仕出し商店から始めました。出雲そばの店を開店したのは昭和33年。昭和47年に本店を現在地へ新築移転。現在は、山陰・中国・関西に11店舗を展開しています。
「仕出し料理に使っていた出汁のおいしさが評判になって、もっと気軽に味わってもらいたいと、初代がそば屋を始めました。今でも創業当時の出汁の味を、そばつゆに受け継いでいます」と語るのは、本店店長の根来川淳さん。自慢のそばつゆは、自社工場で作られています。厳選した北海道産の真昆布と煮干を使用し、老舗の醤油屋の芳醇な辛口醤油をじっくり煮詰めています。そのレシピは秘伝として、製造の担当者しか知らないそうです。

 
そば粉も自社工場で製粉しています。地元の農家とともに、そば種「信濃1号」を栽培。飯南産そばの実を石臼挽きにし、丁寧に仕上げた自家製そば粉を各店が手打ちにしています。飯南町は寒暖差が激しく、時期により昼と夜で20度近く違うことも。そんな厳しい気候が甘みと香りの強いそばを育て、一福らしい風味を生んでいます。

 

一杯のそばにしあわせを願って
初代ソメさんが命名した「一福」
出雲そばの食文化を沢山の人へ

 
一福本店では、そば打ちを見学することもできます。職人かたぎの根来川さんが、そばを打つ手さばきには無駄がなく、見ほれてしまいます。とりわけ最初のそば粉と水を混ぜ合わす「水まわし」と、それを一つの塊にする「まとめ」は、ぶれがないよう努めているそうです。「そば粉と水の出合いが大事です。粉の状態を見て、その日の気温や湿度の違いに応じて水の量を微妙に調整します。仕上がりのタイミングは手の触感と、生地の色艶で見極めています。100回打てば、納得のいかない時も出てきます。それを少なくするのは生涯の仕事。ゴールはないと思います」

 

 
そば職人の技と真心を込めた「打ちたて」は、おいしいそばの条件のひとつ。一福本店では、これに「挽きたて」「茹でたて」を加えた、「三たて」が基本です。さらに、おいしさを左右するのが、そばとつゆの相性。甘皮を挽きこんだ一福の黒っぽいそばに、こっくり濃いめのそばつゆがよく合っています。「出雲そばはお店ごとに、そばとつゆが吟味されています。その風味の違いを楽しんで、そばを好きになってもらえたら嬉しいですね」

 
一福本店では出雲そばを次世代に受け継ごうと、地元の小学校と中学校のそば打ち体験教室にも協力しています。また、広島県安芸高田市に出向き、そば道場の講師を務めるなど、そば文化の面白さや楽しさを普及する活動を地道に続けてきました。他県に進出したり、全国の百貨店が催す物産展などで実演販売を行ったりするのも、そば好きの入り口になることを願うから。毎年、東京で開催される島根物産展への出店は、来年で29年目となります。

 
そばの食文化の裾野を広げようと、そば粉を使った加工品の開発にも取り組まれています。この秋は皮に自家製粉したそば粉と、地元の飯南町産やまといもを練り込んだ「そばの実まんじゅう」を再販。モチッとした食感と、ほんのり余韻に残るそばの風味が人気を呼びヒット中です。
一福本店では11月から、新そばのシーズン到来。そばの実を収穫するこの時期だけの「採れたて」を加えた、そばの真髄といえる「四たて」を堪能できます。初代・ソメさんが「一杯のおそばで、みなさまをしあわせにしたい」と命名した「一福」で、出雲そばの奥深さを味わってみませんか。

 
 
【アクセスについて】
●奥出雲そば処一福 頓原本店へのアクセス/JR木次駅から車で約50分
●島根県飯石郡飯南町佐見977
【WEBサイト】奥出雲そば処一福